排卵誘発剤clomipheneの功罪|クリニックブログ
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2017.10.24
不妊症
治療
排卵誘発剤clomipheneの功罪
その排卵誘発剤は必要か?
産婦人科で不妊治療を始めるとまず一般的にはタイミング法からスタートします。数クールタイミング合わせをして妊娠しなければ経口排卵誘発剤(一般的にはクロミフェン)が始まり、それでもダメなら注射の排卵誘発剤(HMG)、さらに人工授精(クロミフェン+AIH、またはHMG+AIHなどいくつかのアレンジはあります)、さらにダメなら体外受精という具合に段階的に行われていきます。これを俗にステップアップ法と言ったりしています。経口排卵誘発剤クロミフェンは非常に強力な排卵誘発効果があり、大変優れた薬で、かつこれといって大きな副作用(身体的に有害な副作用)の少ない薬ですが、唯一欠点としては、抗エストロゲン作用によって子宮内膜が薄くなることと、子宮頸管粘液が少なくなってしまうという点です。もともと排卵誘発剤というだけあって本来は自力で排卵が上手くいかない排卵障害の方に適応のある薬です。なので、もともと自力排卵が可能な方に使用すると複数の卵胞が育ちすぎて多胎妊娠のリスクが増えたり、子宮内膜が薄くなったり、子宮頸管粘液が少なくなって精子が入りづらくなったりして、かえって妊娠しにくくなってしまうという逆効果をもたらす可能性すらあります。(医療行為によってかえって妊娠しにくくなってしまう状態を医原性不妊症と言っています。排卵障害のないケースでのクロミフェン使用はまさにこれにピッタリ当てはまります)。またよくある間違いとしては、クロミフェンで頸管粘液が少なくなる→精子が入りづらい→AIHを組み合わせる→子宮内膜が薄くなっているので、クロミフェン+AIHを何クールやってもなかなか妊娠しない・・・というようにある種泥沼に陥ってしまうというようなことも見られます。クロミフェンのこのような副作用を避けるために、HMG注射を使用する(HMGタイミング、HMG+AIH)場合もありますが、多数の卵胞が育ちすぎて多胎妊娠やOHSS(卵巣過剰刺激症候群)のリスクがあり注意が必要です。(主席卵胞が3〜4つ以上育った周期は、多胎のリスクを考慮してキャンセルを勧める場合もあります) 排卵誘発剤は本来の適応を正確に判断して、使用する必要があります。排卵が順調なケースでは特に排卵誘発剤の必要性はないと思います。(HMG等で過排卵周期にAIHを組み合わせることで、妊娠率が上がるという報告もありますが、これは単に数打てば当たる作戦で、不妊の根本的な原因を考えている訳ではなく、ピックアップされる卵子を増やしているにすぎません。多胎やOHSSといった大きなリスクを背負うことになってしまいます)
そのAIHは必要か?(適応を外してはいないか?)
ステップアップ法を進めていく過程でタイミング法の次のステップとしてAIHが必ず出てきます。(タイミング法の次が自動的にAIHになるのでステップアップという言い方になるとも言えます。別の言い方をするとベルトコンベア療法という言い方もできるかもしれません) AIHの本来の適応は、軽度の男性因子と頸管粘液不良で精子が自力で頸管粘液を越えられないケースです。(精子が自力で頸管粘液を越えられないケースの一部には抗精子抗体(精子不動化抗体)が陽性の場合もあり、このケースでは体外受精が必要になります)。タイミング法とAIHの違いは、精子を頸管粘液の先(子宮腔内)に出すか、頸管粘液の後ろ(膣内)に出すか、だけの違いです。なので、精子の数が少なくて自力で頸管粘液を越えて受精できないケースでは、頸管粘液の先に精子を送りこんであげることで妊娠率が多少上がる可能性が期待できます。また、なんらかの理由で頸管粘液が上手く分泌されない、頸管粘液中を上手に泳いで精子が中に入れない、ケースではAIHのよい適応と言えます。(ただし、高度男性因子になってくると、AIHで精子を送りこんでも受精できるところまで到達できない可能性が出てくるのでARTが必要ということになってきます。)。このように、治療の理論をよく理解すれば、その治療が本当に必要なのかそうでないのかよく理解できますし、必要のない治療を行うことは時間とお金の無駄になりますし、回り道をしてしまうことにもなりかねません。排卵障害でもないのに必要ないクロミフェンによって医原性の頸管粘液不全を起こしてしまい、そこへさらに本来は必要のないAIHを加えてしまう泥沼に陥ってしまっている患者様を時々お見受けします。不妊治療は結果が全てなので、これでも上手くいってしまう場合もない訳ではありませんが、必要のない治療で無駄な時間とお金をかけてしまったというケースもあります。
基本的な考え方=原因に応じた治療
正しい医療とは、体の状態に応じた適切な医療行為が行われることであるという大前提で考えると、正しい不妊治療とは、妊娠しない原因をある程度正確に判断し必要に応じた適切な治療が行われているかどうかということになります(もちろん、原因不明不妊という状態もあり、不妊症の全ての原因が検査で分かる訳ではないです)
特にこれから初めて不妊治療を行おうとされる患者様におかれまして、少なくとも知っておいて損はないだろうと思われることは、
1、排卵誘発は本来は排卵障害のあるケースにだけ行われるべきである
2、AIHは本来の適応(軽度の男性因子、頸管粘液不全で精子の進入が悪い)に行うべきである
3、適応から外れた排卵誘発剤クロミフェンの使用で医原性頸管粘液不全を起こし不必要なAIHを余儀なくされるケースが少なからず存在する。
4、ステップアップ法は歴史と伝統に彩られた方法ではあるが、捉え方によっては不妊の原因に関係なく画一的に行われるベルトコンベア療法でもあり、乗せられてしまうと遠回りをしてしまう場合もあるかもしれない・・・
ということです。もちろん、このような原則論をしっかり理解した上で、個々の患者様ごとにアレンジを行うのはありだと思います。100人の患者様がいれば100通りの治療法があってよいと思います。
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